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澎湖観音亭

台湾で唯一清朝時代の澎湖庁総鎮衙署の石獅が鎮守する寺院
澎湖観音亭
所在地: 澎湖県馬公市中興里介寿路7号
経 緯 度: 119.56196,23.56766
料金: 無料
利用できる日:
通年
利用できる時間帯:
午前5時~午後8時
主催機関: 観音亭
関係機関のURL: 
E-mail: 
お問い合わせ: (06)927-3615

景観の価値

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300年以上の歴史を誇り、澎湖島における仏教の始まりの地であり、澎湖を代表する観音廟としても知られています。遠くに西嶼を望む廟前からの景観は「西瀛勝境」と呼ばれ、澎湖の絶景に数えられています。幾度もの戦争によって損傷を受け、日本統治時代の1927年に再建された建物は、渡り廊下によって回廊と護龍が繋がり、上部には六角形の尖った屋根を持つ重簷式の鐘鼓楼が設けられており、寺院建築では珍しい建築様式が採用されています。同寺院の前にあるもち米製の石獅は、清朝時代に澎湖庁の通判衙門の前を鎮守していたもので、100年の歳月を経ても当時のままの状態を保っており、全国でもここでしか見られない作品として知られています。

歴史と沿革

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澎湖観音亭は馬公観音亭とも呼ばれ、明朝末期には既に小さな東屋が存在し、1696年に澎湖遊撃将軍の薛奎(生没年不詳)がこれを廟として拡張し、観世音菩薩を祀ったと言われています。当初は大規模な寺院でしたが、1884年の清仏戦争の際にフランス軍によって破壊され、廟内の文物と2体の観音像、十八羅漢像などが全て略奪されてしまい、その翌年に再建工事が完了しました。その後、1891年に澎湖水師鎮総兵の呉宏洛(1843~1897)が銀両を寄付して再建を行いました。日本統治時代の1923年に日本政府の澎湖官署の新庁舎が完成した際、もともとは澎湖庁の通判衙門前にあった石獅が観音亭に移され、1927年には澎湖の有力者の寄付によって再び再建工事が行われました。その後、第二次世界大戦の戦火に遭いましたが、1957年に信徒が資金を集めて改修を行い、簡素かつ重厚な外観へと一新されました。かつてのような荘厳な華やかさはないものの、澎湖の人々から仏様を拝む聖地として親しまれています。澎湖観音亭は1985年に澎湖県の県定古跡に指定されています。

特色あるナビゲーショ

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澎湖観音亭平面図で標示澎湖観音亭各ガイド項目、ガイド項目5ページ、詳しいコンテンツは下をご覧ください。
1五開間二進の建築様式

観音亭の現在の構造と規模は日本統治時代に馬公の後窟潭の人々から「江司」と呼ばれた著名な木工職人・謝江(生没年不詳)と謝自南(1908~1990)の親子が1927年に完成させたもので、澎湖市でも最大規模の寺院です。建築様式は五開間二進で、山門、2つの護龍、中庭、拝亭を備えた特徴的な配置が採られ、両側にある連なった馬背型の屋根の起伏が観音亭の切妻に特徴的な外観を生み出しています。水が流れる場所と翼室、渡り廊下、中庭が組み合わさるように配置され、渡り廊下によって回廊と護龍が繋がり、さらに上部には六角形の尖った屋根を持つ重簷式の鐘鼓楼が設けられており、台湾の寺院の中でも珍しい空間節約方法が用いられています。台座は丸い小石とレンガを積み重ねたもので、耐久性を高めるために夯土(赤泥、粗砂、石灰の三合土の隙間を突き固める方法)が加えられています。謝江親子が手がけた木造建築の構造形式には、柱が屋根の横木を真っ直ぐに支え、柱を貫通する梁が柱の間に渡され、梁の上に蜀柱(屋根の横柱を支えるための短い柱)や畳斗(台湾で幅広く用いられる木造建築の構造形式。複数の斗を積み重ねて屋根の横木の重量を支えるもの)が設けられるという特徴があり、さらに横木の間には補助用の束木が設けられており、穿斗式と抬梁式が組み合わさった構造形式が採用されています。

2もち米で造られた大獅

もち米で造られた大獅観音亭の外に置かれた一対の淡い緑色の大獅は、石で造られた「石獅」のように見えますが、実際には、もち米モルタル、石灰、黒糖水を調合して造られたもので、100年の歳月を経ても壊れることなく、現在まで良好な状態で保存されています。もともとは清朝時代に澎湖庁の通判衙門の前を鎮守していましたが、日本統治時代の1923年に日本政府が澎湖に建てた新庁舎が完成した際、衙門前にあった石獅が観音亭に運ばれて来ました。このような石獅は台湾全土でもここでしか見ることができません。

3「薄海蒙庥」、「大慈悲」、「慈航普済」の古い扁額

「大慈悲」の古い扁額観音亭は何度も戦火によって破壊されており、もともとの姿は既に見ることはできませんが、現在も正殿上方の「薄海蒙庥」、「大慈悲」、「慈航普済」の3つの古い扁額だけは当時のまま残されています。「薄海蒙庥」の扁額は廟内で最も古く、清仏戦争(1884年)以前のもので、1840年に澎湖協水師副将(澎湖地区における最高軍事武官)に昇格した詹功顕(1765~1854)が1841年に分巡福建澎湖水師等処地方総官兵として贈ったものです。「大慈悲」の扁額は1886年に署通判事の程邦基(生没年不詳)から贈られたもので、「慈航普済」の扁額は1890年に前淮軍・藍翎への欽命で劉志(生没年不詳)から贈られたものです。

4古鐘亭

観音亭前の広場の隣にある古鐘亭の中の古鐘は1887年の改修工事の際に設置されたもので、1980年に海軍澎湖第二造船所の協力のもと修復が行われた後でここに置かれ、2003年には鐘亭が改修されて現在の外観となりました。

5観音亭前の西瀛虹橋

観音亭前の西瀛虹橋観音亭前にある西瀛虹橋は、2004年に台湾で初めて建てられた歩行者専用の鋼鉄のアーチ橋です。橋は全長200メートルで、赤、オレンジ、黄、緑、青、紫の6色のネオンライトが取り付けられています。また、ここでは毎年澎湖花火節が開催されています。

ひとことアドバイス

終日一般開放されています。主な法会・行事には、仏菩薩の生誕祭と旧暦7月の盂蘭盆会があります。観音亭の外にある西瀛虹橋は毎年4月から6月頃に開催される澎湖花火節の会場として使用されています。詳しくは澎湖県政府旅遊処までお問い合わせください。

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