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西港刈香(行事・信仰)

台湾一の規模を誇る刈香行事
西港刈香(行事・信仰)
所在地: 台南市西港区慶安路32号
経 緯 度: 120.20186,23.12136
料金: 無料
利用できる日:
丑年、辰年、未年、戌年の5月中旬、下旬頃
利用できる時間帯:
隨時
主催機関: 西港玉勅慶安宮
関係機関のURL: リンク
E-mail: sailor.aban@gmail.com
お問い合わせ: (06)795-2034

景観の価値

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巡行範囲が96の村や郷に及ぶ西港刈香は、台湾で村々による陣頭が最多の大型廟会として知られ、王船祭が加わってからは刈香と王醮が一つになった独特の信仰形態が確立されました。200年以上、途切れたことがないその歴史には人々の自発的な信仰の力が現れており、村々が自主的に組織する陣頭の伝統も途切れることなく受け継がれています。また、芸陣にも地域の芸術の特色が十分に生かされ、台湾の刈香行事の中でも最も特徴的なものとなっています。王醮で行われる複雑な王府の儀式には、儒教の儀礼の規範に民間風俗の教化が結びつけられる過程が反映されているのです。

歴史と沿革

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1661年、鄭成功(1624~1662)は兵を率いて鹿耳門から台湾に上陸してオランダ人を駆逐すると、水路に沿って兵を派遣して西港に駐留しました。その際、境主公と中壇元帥が隨行して船の安全を守り、兵士の中にいた風水の専門家が慶安宮の現所在地は聖地である「鯉穴」にあたり、ここに廟を建てると必ず神の偉大な力を得られると判断したことから、後に地元の人々が資金を集めて1712年に西港玉勅慶安宮が創建され、天上聖母が祀られました。「台湾第一香醮祭典」と称される西港刈香の起源は、清の乾隆年間に村人が曽文渓のほとりの「十八欉榕凹湖仔」で「代天巡狩」と書かれた王船を見つけ、付近の13の村の村人が合同で1784年に八份姑媽宮の刈香巡行を執り行ったことに由来します。その後、曽文渓で水害が発生したため、1823年の第14回からは慶安宮が引き継ぎ、1847年に寺院の再建工事が完了して最初の王醮が行われると、王船祭が開始されるとともに巡行の規模が拡大され、「刈香巡行」と「王醮」が一つになった西港刈香の独特の信仰形態が確立されました。その後も規模は拡大し続け、巡行範囲は96の村にまで及び、「台湾一の規模を誇る刈香行事」と称えられるようになりました。西港刈香は2008年に台南市の市定民俗行事に登録されています。

特色あるナビゲーショ

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西港刈香(行事・信仰)平面図で標示西港刈香(行事・信仰)各ガイド項目、ガイド項目5ページ、詳しいコンテンツは下をご覧ください。
1刈香と王醮が一つになった儀式の流れ

西港刈香とその他の刈香行事の違いは「刈香巡行」と「王醮」が同時に行われることにあります。儀式は以下の流れで行われます。
一、落廟:刈香の前年の旧暦1月9日の玉皇大帝生誕日に96の村の代表が会議を招集します。
二、擲筊による主会の決定:刈香の前年の旧暦4月15日の千歳爺生誕日に擲筊を行い、千歳爺に主会首、副会首、協会首、都会首、讃会首などの決定を仰ぎます。
三、日程の決定:風水の専門家を招いて刈香の開催日程を決定します。
四、船ツァン(ツァンは舟へんに参。船の竜骨のこと)の儀式:定ツァン、取ツァン、造ツァン、請ツァン、安ツァン、合ツァンなどの儀式を順に行います。民間信仰ではツァンは王船の霊魂の根源であると考えられていることから、材料の選択、取得、製作の過程において、一連の儀式を通して宗教的能力を付与する必要があります。
五、造船儀式:安龍目(霊魂を与えて命を活性化させる儀式)、安崁巾、安獣面鏡(幸福祈願と魔除けの儀式)、安梁頭、王船のマスト立て(全工程の終了を意味する儀式)、進水・出港(大勢で船をわずかに押し動かして水を船体と地面にかけることで正式な試験航海の始まりを意味する)などの儀式を執り行います。
六、擲筊を行って旗牌官と王船の神職者を決定します。
七、起造王府、豎灯篙:刈香が正式に始まる1カ月に建造を始めます。
八、南巡:刈香の半月前に慶安宮の千歳爺が南下して台南を「南巡」します。
九、請王:刈香の2日前に南埔王船地でその年の千歳爺と神々の神輿に巡行を願い出て、千歳爺に王府に戻って安座するように願い出ます。
その後の刈香巡行の流れ:
十、請媽祖:刈香の前日に鹿耳門天后宮へ行き、媽祖を迎える「請媽祖」の儀式を行います。
十一、刈香巡行:刈香は3日間続き、千歳爺が96の村を巡行します。その光景は壮大で、60以上の神輿と50組以上の陣頭を含む数多くの隊列が参加します。隊列の多くは村落の神輿と文武陣頭で構成され、「蜈蚣陣」を先頭に巡行は3日間続き、香科大醮典のハイライトとなります。
その後の王醮の流れ:
十二、王醮科儀:刈香の前日から慶安宮で王醮科儀(道教の儀式。群がる悪霊を抑えつける「関祝五雷神灯」や「和瘟酌献」などの数多くの複雑な儀式が行われ、和瘟の儀式を通じて悪霊を遠くへ追い払います)、王府の儀式、宴王大典(王爺が駐駕した後、王を送り帰す儀式「送王」の前夜に宴席を設けて王爺をもてなす儀式)が執り行われます。
十三、送王:「宴王」、「点艙」の儀式を行った後、「拍(打)船醮」の儀式を通じて王船に兵馬を呼び集めて航路を切り拓き、疫病神や疫鬼を連れ去ってもらえるように千歳爺を見送ります。

2脚巾組織

西港刈香の巡行隊列には多様な文武陣頭が参加します。その中でも武陣は巡行範囲内の村同士の連携と競争を基礎に、喜びも悲しみも分かち合える地域空間を作り上げるもので、武陣を通して一体感が生まれ、独特の「脚巾組織」が形成されます。脚巾とは陣頭が腰に巻きつける長い布の俗称で、かつては神輿の担ぎ手や武師といった力仕事を行う人々が使っていました。赤、黄、青、緑、薄緑の5色があり、西港刈香の特色となっています。

3宋江陣

宋江陣宋江陣宋江陣は西港刈香の巡行範囲内で最も多く保存されている伝統的な陣頭で、以前は地域を自衛するための戦力として機能し、金獅陣、白鶴陣、五虎平西などの陣頭も宋江陣から変化を遂げたものです。かつてのような戦力としての機能は既に失われていますが、宗教祭典の最も重要な陣頭の一つとなっています。

4人力で動くムカデ型の蜈蚣陣

人力で動くムカデ型の蜈蚣陣蜈蚣陣は早期の台湾の宗教祭典でも見られた連結型の芸閣で、人力で動かします。芸閣の多くは古代中国の歴史物語や伝奇物語を題材とし、12歳以下の子供が登場人物に扮します。巡行隊列において最も注目を集める人気の陣頭です。

5送王の儀式

王船祭「王醮」の最後に執り行われる送王の儀式では、旗牌官が王船上の物品を点検すると、道士が「拍船醮」の儀式を行い、信徒たちが力を合わせて曽文渓のほとりにある南海埔の王船地まで王船を引っ張って行き、お辞儀して礼を言った後、「五主会」が分担して金紙に火を点けて燃やし、天庭へ戻る千歳爺を見送り、疫病神や疫鬼を追い払ってもらいます。  

 

ひとことアドバイス

西港刈香は旧暦4月15日の農閑期前後に催されます。無断で王府、醮壇、王船廠陣頭館に立ち入ること、陣頭の武器に触れること、実演中に邪魔をすることは民間信仰における禁忌とされています。

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