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彰化孔子廟

清朝中期に政府が建造した代表的な孔子廟
彰化孔子廟
所在地: 彰化県彰化市孔門路30号
経 緯 度: 120.54382,24.07823
料金: 無料
利用できる日:
火曜日~日曜日(月曜日、台湾の祝祭日は休館)
利用できる時間帯:
午前8時30分~午後5時
主催機関: 文化部文化資産局
関係機関のURL: リンク
E-mail: mus_tsai@mail.bocach.gov.tw
お問い合わせ: (04)725-0057

景観の価値

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清朝初期、最も整った学校制度を備えた学府として設置された孔子廟です。以前は台湾の四大書院の一つに数えられる白沙書院も敷地内に擁し、台湾中部における文化および教育発展の象徴とされてきました。大成殿の梁の上には清朝の皇帝から賜った扁額が複数掲げられており、知県の陽桂森(生没年不詳)が鋳造した銅製の大きな鐘、雍正帝の「生民未有」の扁額、乾隆帝「與天地参」の扁額は特に高い歴史的価値を有しています。大成殿の土台の周辺にはレンガを積み上げた装飾が施され、御路には生き生きとした莽龍の姿がかたどられています。また、戟門の塀に設けられた花鳥のレンガ彫りや櫺星門の屋根に設けられた6つの「通天筒」は彰化孔子廟でしかお目にかかることはできません。鳳山、諸羅、淡水などの、既に存在しない孔子廟や保存状態が悪い孔子廟と比べ、彰化孔子廟は保存状態がよいことから、清朝中期に政府が建造した孔子廟の代表とも言えます。

歴史と沿革

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かつて彰化孔子廟は彰化における学問の中心として栄えていました。1723年に彰化県が設置されると、1726年に知県の張鎬(生没年不詳)が責任者となり、中国漳州、泉州、潮州から職人を招き、中国から建材を船で運び入れて彰化孔子廟を建造しました。1745年には淡水同知と彰化県事を兼任していた曽曰瑛(1708~1753)によって廟の左側に白沙書院が建造されました。1786年に起こった林爽文の乱によって明倫堂と学署が破壊されたのち、1816年には明倫堂の跡地に文昌祠が建造され、白沙書院の改修も実施されました。1830年、知県に就任した李廷壁が夫子廟の改修を提唱しました。基礎は2尺2寸高くなり、大成殿前に龍柱2本と石柱20本が設けられ、露台も2尺2寸高くなって、崇聖祠のそばに名宦祠、郷賢祠、礼器庫、楽器庫を増築し、現在の彰化孔子廟の基礎を築かれました。日本統治時代には、道路の拡張に伴い白沙書院が取り壊されましたが、彰化孔子廟では戦後二度にわたる改修工事が実施され、1983年に国定古跡に指定されました。

特色あるナビゲーショ

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彰化孔子廟平面図で標示彰化孔子廟各ガイド項目、ガイド項目7ページ、詳しいコンテンツは下をご覧ください。
1四進三院の建築様式

彰化孔廟横方向の建物が4つと中庭が3つある「四進三院」の建築様式で、大成門、戟門、大成殿、崇聖祠によって形成され、1830年の改修時の規模が今も守られています。中国の文廟に近い空間配置で、大成殿の左側に明倫堂が設けられており、中国漳州、泉州の伝統的な学府にならって明倫堂に崇聖祠が設けられていますが、大成殿の後ろにある崇聖祠の両側には台湾の様式にならって郷賢祠と名宦祠が設けられています。。

2櫺星門

櫺星門櫺星門とは孔子廟の大門のことで、五開間(大きな柱で5つの空間に区切られていること)、屋根は3段式の燕尾型という建築様式が採られています。櫺星とは天上の文学者「文星」のことで、孔子は文星から人間界に降りて来たと言われていることから、孔子廟の大門は櫺星門と命名されました。一般的な寺院とは異なり、門に門神は描かれておらず、古いしきたりにならって108個の門釘で装飾が施されています。一般的な孔子廟の櫺星門には竹筒のような形状の「通天筒」が2つ設けられていますが、彰化孔子廟の櫺星門の屋根には6つの通天筒が設けられている点が大きな特色です。屋根に立つ通天筒は崇拝を意味し、孔子の古今を問わない徳の高さを象徴しています。入り口の両脇には、龍生九子の「椒図」を模した螺旋模様の彫刻が刻まれた一対の抱鼓石が並んでいます。椒図は閉じることを好み、よそ者が巣穴に入るのを嫌うと言われているため、しばしば入り口の装飾として使用されます。

3「下馬碑」と「萬仞宮牆」の碑文

戟門の左側に設置された「下馬碑」には、孔子廟を通る際は孔子への敬意を示し、馬を降りて歩くようにと呼びかける「文武官員軍民人等至此下馬」との文字が大きく記されています。また、戟門の右側にある「萬仞宮牆」の碑文は、孔子の徳の高さと学問の深さを表した「夫子之牆数仞、不得其門而入」という『論語』の一文を引用したものです。

4戟門

戟門彰化孔子廟の2つ目の門である戟門は大成門とも呼ばれ、台湾の孔子廟に設置された初めての例です。「戟」とは古代中国の武器で、ここを訪れた武将は孔子への敬意を示して、大殿に入る前にこの戟門で手持ちの武器を外すことが義務付けられていました。戟門の両側のレンガ造りの壁に施された見事なレンガ彫りは台湾の寺院では珍しいものであり、彰化孔子廟の特色の一つとされています。レンガに刻まれた牡丹や花瓶などの模様は富と平安を表しています。戟門の屋根に並ぶ「龍の頭と魚の尾」を持つ一対の「螭吻」は龍生九子の一つで、水を吐き出すことを好むとされることから、火災防止の意味を込めて屋根に設置されています。内部には1811年に鋳造された「鏞鐘」が掛けられており、その表面には「臺郡彰邑」と刻まれています。両側にある円形の門はそれぞれ「礼門」、「義路」と呼ばれ、改修前の門は八角形をしていました。

5大成殿

大成殿大成殿は大成門や崇聖祠とは繋がっていない独立した建物です。中央には神棚、花罩、托木、蟠龍柱が配置され、孔子の位牌が祀られています。正殿の幅は五開間で、屋根は重簷歇山式(4つの斜面からなる屋根の上にもう一つの屋根が乗っており、尊貴を象徴している)が採用されており、周囲は廊下に囲まれ、大成殿前には孔子を祀る式典に使用される神聖な場所「月台」が設けられています。大成殿内には、雍正帝の「生民未有」、乾隆帝の「與天地参」、嘉慶帝の「聖集大成」、咸豊帝の「徳齊幬載」、同治帝の「聖神天縦」など、清朝の歴代皇帝から賜った貴重な扁額が並んでいます。

6大成殿の土台の装飾

大成殿の土台の周辺には、積み重ねたレンガの凹凸を利用して模様を装飾する非常に特徴的な工法が用いられており、くぼんだ部分に石灰を塗ることで、吉祥や富を象徴する「万字盤長(卍)」、「香炉」、「古銭」、「亀甲」といった4種類の模様を際立たせています。

7大成殿前の龍柱

大成殿の前にある龍柱は1830年に実施された改修工事の際に花崗岩を使って造られた作品です。各柱に龍が1頭ずつ巻きついており、左側の龍柱の龍は口を開き、右側の龍は口を閉じ、4つの爪で珠を掴んでいます。柱には雲や岩石の造形が施され、立体感を出すためにわずかに透かし彫りの技法が用いられています。

ひとことアドバイス

一般開放時間は午前8時30分から午後5時までで、入場無料です。孔子を祀る9月28日の釈奠式典を除き、大門は閉じられており、参観者は通用門から出入りすることができます。投票日や台湾の祝祭日は休館となります。

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