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中壢仁海宮・聖跡亭

台湾で唯一ヨーロッパのバロック様式の装飾を施された聖跡亭
中壢仁海宮・聖跡亭
所在地: 桃園市中レキ区延平路198号(仁海宮)、延平路205号(元化院)
経 緯 度: 121.22792,24.96233
料金: 無料
利用できる日:
1.古跡ガイドは通年 2.天上聖母娘娘聖誕千秋大法会:毎年旧暦3月23日の前週に開催日を選択します
利用できる時間帯:
午前5時~午後9時
主催機関: 仁海宮、聖跡亭、元化院
関係機関のURL: リンク
E-mail: 
お問い合わせ: (03)452-3356

景観の価値

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清の道光年間にはすでに中壢、平鎮、楊梅における13の村落の客家人にとって最も重要な信仰の中心として親しまれていました。日本統治時代、皇民化運動によって寺院の取り壊しが推進される中、仁海宮は中壢地区で唯一取り壊しを免れた伝統信仰の寺院だったことから、後にこの地区において大きな地位を築いています。廟のそばにある聖跡亭は豊かな歴史文化と客家の文化的特質の意義を持っており、耕読文化の典型的な象徴でもあります。昭和期に最後の再建が行われた際、外観に当時流行していた洗石子やバロック様式の装飾芸術が取り入れられ、台湾で唯一、日本統治時代における文化の融合を具体的に表現した建築様式の聖跡亭となりました。

歴史と沿革

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1826年に創建された中壢市仁海宮は「新街廟」とも呼ばれ、桃園市中壢区における最古の寺院です。清の道光年間、中壢は新市街と旧市街に区分されており、新市街ではその繁栄に伴って人口が増加していったことから、中壢、平鎮、楊梅の13の村落の住民が団結し、ここに廟を建設しました。当初は観世音菩薩のみが祀られていましたが、後に商人が頻繁に訪れるようになり、1828年に北港朝天宮から媽祖の分霊を迎えて主神として祀りました。日本統治時代の1936年、日本政府は皇民化運動を開始し、中壢郡守の宮崎直勝(生没年不詳)が寺院の取り壊しを進めていましたが、仁海宮は以前、長い間病を患っていた北白川宮能久親王(1847~1895)に宿を提供したことがあったことから、取り壊しを免れることとなりました。これまでに5度の再建が行われており、2009年に建造された四柱三門の牌楼は中壢を代表する景観となっています。廟から50メートル離れた位置にある聖跡亭は清朝末期に建てられたもので、後に日本統治時代の昭和期に再建が行われたため、当時の建築の特色である「洗石子」が取り入れられているほか、日本統治時代の大正期に流行したバロック様式の彫刻装飾も見られます。

特色あるナビゲーショ

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中壢仁海宮・聖跡亭平面図で標示中壢仁海宮・聖跡亭各ガイド項目、ガイド項目3ページ、詳しいコンテンツは下をご覧ください。
1三殿式の建築様式

三殿式の建築様式中国南方の伝統的な建築様式を継承した空間配置が用いられており、廟殿の正面にそびえ立つ山門は四柱三門の外観で、見事な重檐が目を奪います。正脊の中央には火の玉が配置され、その左右両側で向き合う双龍が火を鎮める様子は中壢区を代表する景観となっています。山門の後方にある広場「廟埕」は三殿式の廟まで伸び、三川殿を含めた拜殿、正殿、後殿、東西廂の周囲まで伸びています。三川殿の正脊(古代中国の建築物において大梁の最上部の一番高くなっている部分)には双龍が福禄寿の三仙人を守護する剪黏が装飾されており、西施脊(正脊上に設けられた装飾)は剪黏によって華麗に飾られ、正殿の正脊には塔を守護する双龍の装飾が施されています。

2「海国長春」と「慈悦普済」の扁額

1838年当時、仁海宮は土壁と粘土瓦の粗野な造りで、雨風によって壁や塀が破損していたため、1870年に数々の議論を経て再建が決定されました。再建工事を担当した庠生(中国の明清時代の科挙制度において府・州・県の学校で学ぶ学生の別称で、秀才を意味します)の王国華は、翌年に工事を完了させると「海国長春」の扁額を贈呈しました。また、当時の中壢地区の信徒からも「慈悦普済」の扁額が贈呈され、この2枚の扁額は現在も正殿に掲げられています。

3聖跡亭

聖跡亭聖跡亭仁海宮から左に50メートル離れた位置にある中壢聖跡亭は清朝末期に建てられたもので、後に日本統治時代の昭和期に再建が行われました。当時中壢で最も栄えていた市街地では商売が活発化し、多くの有力者や学生が絶えず集まり、大量の人材と文化がもたらされたといいます。客家人は天と文字を敬う伝統から、破損や欠損のある書物や文字の書かれた不要となった紙を集めて焼却するための聖跡亭を仁海宮のそばに建造しました。聖跡亭は高さ約4.33メートル、内部はレンガ造りで、外側は洗石子で装飾されています。全体が3つの層に分かれており、一番上の層は六面体で、正面に浮き彫りされた「聖蹟」の二文字とアーチ状のひさしが特徴的です。最上部は花瓶の形状をしています。中央の層は四面体で、正面には楕円形の焚き口があり、その周囲には複雑なモールディングと中国語で「福」と同じ発音を持つ「蝙蝠(コウモリ)」に似た造形の装飾が施されています。そして、一番下の底部は八面体となっています。当時の日本の建築様式の影響を受け、再建の際に洗石子が使用されたほか、バロック様式のカルトゥーシュと呼ばれる特徴的な装飾なども取り入れられており、台湾で唯一バロック様式の装飾を施された聖跡亭であるとともに、日本統治時代における文化の融合を示す例として、桃園市の市定古跡に指定されています。

ひとことアドバイス

中壢地区が一番の賑わいを見せる宗教行事・回鑾巡行行事は毎年旧暦10月から12月の農閑期に行われ、北港朝天宮で謁祖、進香を行うほか、回鑾が13の村落を巡行します。

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