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万金聖母聖殿・聖母パレード

台湾に現存する最古の教会
万金聖母聖殿・聖母パレード
所在地: 屏東県万巒郷万興路24号
経 緯 度: 120.61121,22.59508
料金: 無料
利用できる日:
12月1日~12月31日
利用できる時間帯:
午前9時~午後9時
主催機関: 万金聖母聖殿
関係機関のURL: リンク
E-mail: bishconf@catholic.org.tw
お問い合わせ: (08)783-2005

景観の価値

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万金聖母聖殿は台湾初のカトリック教会で、台湾に現存する最古の教会建築でもあります。閩南風と西洋風の様式を取り入れた造形と装飾が用いられ、宗教的意味を表現するとともに地域の色合いも兼ね備えており、ゴシック建築様式と一部の古典的な要素に加えて、現地の素材と工法が用いられています。同聖堂は清の咸豊年間の建設以来、平埔族の経済の改善に貢献し、地域社会に溶け込んで、住民は聖堂の鐘の音を仕事や休憩の合図としてきました。同一の信仰を持つ「教友村」の形成は台湾では稀な例であり、台湾におけるカトリックの発展の歴史に重要な1ページを刻みました。古い歴史を持つ「聖母パレード」は西洋の宗教と現地の民俗文化が融合した台湾最大規模のカトリックの行事で、万金地区における多様な民族の調和の歴史を証明しています。

歴史と沿革

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1861年、スペイン・ドミニコ会の郭徳剛神父(スペイン語名:Fernando Sainz、1832~1895)は高雄市前金区から万金地区まで徒歩で往復して宣教活動を行い、1863年に土塊を建材とした初代聖堂を建設しました。同年、地震によって同聖堂は倒壊してしまいましたが、信徒の増加に伴い、1869年に良方済神父(スペイン語名:Francisco Herce、生年不詳~1894)が聖堂現所在地の土地を購入して新しい聖堂を建設し、1年後の無原罪の聖マリアの祭日に開堂式典が執り行われました。1874年、皇帝から許可を受けたことを表す「奉旨」と「天主堂」の聖石を賜った際、沈葆楨(1820~1879)が自らこれを万金聖堂まで送り届け、聖堂の玄関に掲げたと言われており、ここを通る将兵は馬を下りて敬礼しなければなりませんでした。1984年、教皇ヨハネ・パウロ2世(1920~2005)によってバシリカに認定されると、万金聖母聖殿と称されるようになり、1999年には2年間に及ぶ改修工事が実施されました。万金聖母聖殿は1985年11月に3級古跡に指定され、後に改めて屏東県の県定古跡に指定されています。万金聖母聖殿で最も有名な「聖母パレード」はカトリック教会でよく見られる幸福を祈願する行事で、設立当初は教区の教徒数が少なかったため、簡易な聖母の神輿を用いて聖堂の周囲を巡行するものでしたが、1876年に現在も聖堂内に保存されている神輿が完成すると、パレードの規模は徐々に拡大し、毎年12月の第2日曜日の建堂記念日に行われる聖母パレードは地域の一大行事となりました。1991年と2009年(カトリック台湾開教150周年)にはそれぞれ台湾全土を巡行しています。

特色あるナビゲーショ

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万金聖母聖殿・聖母パレード平面図で標示万金聖母聖殿・聖母パレード各ガイド項目、ガイド項目5ページ、詳しいコンテンツは下をご覧ください。
1スペイン古城風の建築様式

スペイン古城風の建築様式万金聖母聖殿は1869年に良方済神父が土地を購入し、同年に李拉蒙神父がスペインの古城の様式をもとに建設したものです。正面に2つの塔が並ぶ小さな教会建築で、中央の礼拝堂と東側のアプスなどの3つ部分から構成され、さらに正面は中央の玄関ホールと左右両側の角塔の3つの部分に分けられます。建築と装飾の様式には、現地の信徒が外来の信仰を受け入れられるよう、宗教的意味に加えて地域の色合いも表現されています。外観はゴシック建築とスペインの古城の古典的な要素に加え、正面の中央部分には馬背式屋根と切妻が設計されているほか、花崗岩の「奉旨」の石牌と「天主堂」の門額が配置され、さらに室内の柱に施された対聯や天井に施された中国の古典的な紋様による装飾など、至る所に地域化された建築様式が見られます。当時は建築材料の取得が容易ではなかったため、砂利、石灰、黒糖、蜂蜜、木棉、耐火レンガなどを混ぜ合わせた建材が鉄筋の代わりとして使用されており、重厚な白い外壁がその特徴となっています。

2鐘楼と古い銅鐘

鐘楼と古い銅鐘聖殿北側の角塔の上部にある鐘楼は、ルネサンス様式を色濃く反映した曲線を用いた門型の設計で、「ドミニコ会」がアジアに建てた教会によく見られる建築様式です。鐘楼は日本統治時代に一度倒壊し、1945年の台湾光復後に中央の切妻の上部にゴシック様式の尖塔の鐘楼が再建されましたが、1960年の再建工事の際に再び取り壊され、1982年の改修工事の際に現在の位置に再建され、現在までその姿を保っています。鐘楼の中にある古い銅鐘は1892年にスペインで造られ、フィリピンを経由して高雄まで海上輸送された後、聖母聖殿まで運ばれて来たものです。表面にはMR JULIUS MANN-IOH ALAY DEB K.CH 1892と銘文が刻まれています。

3「奉旨」の石碑と「天主堂」の聖石

「奉旨」の石碑と「天主堂」の聖石1874年、開山工事の視察のために台湾を訪れた清朝の船政大臣・沈葆楨(1820~1879)は、万金庄を通りかかった際に静かな農村にそびえ立つ雄大な聖堂と中国化された神父、友好的な教徒を目の当たりにし、教会は原住民を征服する「撫番」政策の推進において人種差別を取り除く役に立つと考え、同治帝(1856~1875)に布教活動への指示を願い出た結果、皇帝から許可を受けたことを表す「奉旨」と「天主堂」の2つの花崗岩の聖石が贈られました。「奉旨」は聖堂正面の切妻の真下にある2つの庇の間に嵌め込まれ、「天主堂」は大門の真上に嵌め込まれており、ここを通る将兵は必ず馬を下りて敬礼することが義務付けられていました。

4聖母パレードの流れ

万金聖母聖殿では「無原罪の御宿り」を聖堂の守護者としており、毎年12月8日の聖殿建堂記念と「守護者の祭日」(12月の第1週または第2週の建堂記念日前後の日曜日)にパレードを実施し、守護聖人に敬意を示し、感謝の祭典を執り行います。聖母パレードは以下の流れで行われます。
一、聖母像を仰ぎ見る:当日午前、聖教会によって聖殿の入り口に神聖と純潔を象徴する百合の花で飾られた聖母像が置かれ、教徒は聖母像を仰ぎ見て崇めます。
二、聖母のパレード:当日午後1時30分、教徒が神輿を担いでパレードに出発します。パレードの隊列はキリスト受難の像を先頭に、各地の教徒が讃美歌を高らかに歌いながら続きます。
三、パレードのルート:聖母聖殿のある万金村と赤山村を、万金聖母聖殿→赤山村→万金村→万金聖母聖殿の順に練り歩きます。
四、万金聖誕季:2011年から屏東県政府は万金聖母殿の聖母パレードに親子イベント、夜の幸福祈願会、夜の音楽会などの催し物を加えて規模を拡大したクリスマスイベント「万金聖誕季」を開催しています。

5聖母の神輿

北側の回廊に置かれた「聖母の神輿」は1876年にスペインから送られて来たものです。中央には無原罪の聖母像が立っており、万金天主堂の最も重要な文化財の一つに挙げられます。神輿はゴシック様式で、精巧な彫刻が施されており、表面にはスペイン王室から賜った王家の紋章があります。南側の回廊にもゴシック様式の聖母の神輿が置かれていますが、これは後に造られた新しい作品です。毎年聖母パレードの際、神輿はその主役となり、住民にとっても深い意味を持ち、万金天主教堂の鎮堂の宝として大切に扱われています。

ひとことアドバイス

万金聖母聖殿の聖母パレードは毎年12月の第2日曜日に開催されます。

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